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微熱の窓辺 カープ日本シリーズ進出記念 その2

前回に引き続き
期間限定で開きます「微熱の窓辺」です。
メルマガ「微熱の世界」のバックナンバーをちら読みしていただくことができます。
カープが日本シリーズへ進出したことを勝手に記念して
カープ関連の号を二度に渡ってお届けしています。

本日、黒田投手の引退が発表されました。
日本シリーズがあるから「ありがとう」も「お疲れ様でした」もまだ言えない。
だけど
日本シリーズは日ハムと熱く戦ってくれたらいいやって
勝っても負けても幸せだって思っていたのに…。
こりゃ負けれん!

というわけで2014年末、動揺するいちカープファンの朝を。
前号もあわせて読んでもらえたらより楽しめます。


※ この場に掲載するということを考慮して、実際に送ったメールマガジンの原稿に
若干の編集を加えております。


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その2 2014年末 相思相愛

(その1から続く…)

私が宵っ張りの朝寝坊であることを知っている父は
午前9:00きっかりに電話をかけてきた。
ベッドから手を伸ばし、半分寝ぼけながら電話に出る。
「おはよー。どしたん?」
「もしもし…まだ寝とったんか…。」

死人が出たかと思うくらい神妙な調子だ。
私がデカなら布団から這い出、山盛りの灰皿からシケモクを取り出して火をつけ、
朝日のあたるブラインドに指を差し入れ隙間から港を眺めながら応えるところだが
残念ながらデカではないし、父はデカ長ではない。
よって布団の中にて目をつぶったまま応える。


「寝とった。誰か死んだんですか?」

「お前…お前…
黒田が帰ってくるん、知っとる…?」



「はぁ?それ恒例のご挨拶じゃろ。」
「違うんよ、新聞に出とる。」
「スポーツ新聞?」
「中国新聞。」
「…え?えぇぇぇ?うそー?」
「はよ起きてなんでも見てみぃや、こっちは大騒ぎよ。じゃあの。」

わざわざ仕事場から電話してきたようだ。
これは…もしかして…。

頭が働かない。
おもむろに起き出してパソコンの電源を入れる、と同時に珈琲用のお湯を沸かす。
ニュースサイトを開く。

野球に興味がない方のために説明しておきましょう。

黒田とは
今シーズンまでニューヨークヤンキースで投げていたメジャーリーガーであり、
もとカープのエース、黒田博樹選手である。
男気に溢れ義理人情に厚く、カープという球団への思いが強い選手だった。
だからこそファンは暖かく彼の船出を見送った。
2008年にアメリカに渡りそれからずっと素晴らしい活躍をし続け、
もうすぐ40歳になるとは言え、衰えを見せていない。
来シーズンも数々のチームが彼の獲得を目指し
年俸20億円前後を提示しているという超一流のメジャーリーガーだ。

珈琲を淹れながら
私はまるでデカのようにニヒルに微笑った。
「ふふ…黒田が帰って来る、か…。」


黒田帰還説。
これはここ数年シーズンが終わるとカープファンの間で必ず囁かれる噂であり、
カープファン晩秋恒例のご挨拶であり、
ボジョレーヌーボや、日光いろは坂の猿のニュースと同じである。
秋になると
流川(広島の歓楽街)で黒田を見かけた、だの
子供が進学する年齢だからそれを機に帰ってくるはずだ、だの
それらしい噂が飛び交うのだ。
これでもかと低迷し続けるチームを救うヒーローの帰還を、ほんの一瞬夢見る遊び、と言っていい。

球団もファンと同じく、毎年彼に復帰を打診してきた。
一年で十数億もらっている選手に対して
「カープの精一杯(3億)!」を提示し続けてきた。
本気で帰ってくるとは思ってない。これも晩秋のご挨拶。
敬意を表すための声かけだ。

ファンだってそんなことは百も承知で
「3億って冗談でももうちょっと出せや。」
「なーんてね。帰ってくるわけないじゃん。だってまだまだ絶好調だし。」
「黒田はこのままアメリカで戦い続ける方がいいんだよ、
もうダメって時に、引退試合を広島でやってくれたらそれで十分。」
「来シーズンもみんなで黒田の応援しようやぁ。」
みたいなところに落ち着いて秋も深まり、やがて冬になる。

ファンも球団も、いつだって本気じゃなかった。
ただただ
あなたは今も我々の誇りである、あなたを今も愛していると、伝えたかっただけなのだ。

ところがである。
果たしてデカ長、いや、父の情報は本当だった。
年齢的に引退までの青写真も描き始めているだろう。
確かに彼はメジャーに渡る時、キャリア最後はカープで迎えたい、と言っていたし、
その言葉がファンの妄想の種となっていた。

でも!!
まさか信じられない!!
黒田が(弱い)カープに戻ってくる!!

報酬はカープの精一杯、4億プラス出来高払いだと言う。

言葉が悪くて申し訳ないが、
落ち目になって、
またはアメリカの野球に馴染めないで、
メジャーから日本に戻ってきた選手はたくさんいる。

彼の場合は全然違うのだ。
まだキャリア最後どころかバリバリで、メジャーで20億の活躍を期待される男で、
それなのに4億しか払えないカープに戻ってくるなんて。
なんて馬鹿な男なんだ黒田よ!
あんたまだまだやれるはずじゃん!

あまりのことに嬉しいのか苦しいのかわからない。

なにかことが起きるとスペック最悪の我が部屋のベランダに立つ癖がある。
ベランダにて珈琲を飲む。
この気持ちをメルマガに書きたい。
皆さんと分かち合いたい。
しかしカープファンではない皆さんにどうしたらこれを伝えられる?
何に例えたらいいのだろう。

しばらく考えた。
寒い。
まだパジャマだった。
馬鹿じゃないだろうか。

部屋に戻って着替えて考えた。
父に電話して今日の新聞を取っておいて、と頼んだ。

あれからもずっと考えている。
この感動がどれほどか、あなたにも伝えたくて。
他の何とも違う。
何にも例えようがない。
今もやはり思いつかない。
ごめんなさい。

だけどね、
現実はね、時として漫画と同じくらいドラマティックなんだね。
相思相愛ってあるんだね。
彼と野球。
彼と日本のプロ野球。
彼とカープ、そしてカープファン。
互いに敬意を持って愛し合っている。

そして彼らは知らない。
いち妙齢ファンがお百度並みにラブレターを手書きした恐ろしい夜を。


父から送られてきた中国新聞を読む。
なぜか紙面の両端がくしゃくしゃになっている。
まさかとは思うけど
記事が目に入った瞬間、あまりの興奮に新聞を握りしめたのだろうか。
…。
漫画かよ。

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by santarablog1 | 2016-10-18 21:54 | 微熱の窓辺