サンタラ・田村キョウコの続・失言注意報が出ています

kyoko724.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 04月 ( 5 )   > この月の画像一覧


2012年 04月 24日

大阪Perfect Happiness

大阪Perfect Happiness無事終了しました。
満員御礼。チケットとれなかった皆さんごめんね。
いつもに較べてこじんまりした会場だったので
よりネイキッドで濃密なコミュニケーションだった気がします。
大阪ではいつもかっちりしたライブハウスで歌ってきたのでね。
音響と照明の整った会場で伝えられることもいっぱいあるんだけど
今回のような場所の良さもおおいにある。
皆さん方の顔も結構ちゃんと見えたよ。
写真は会場マーサにあったアヒルの照明。
b0113844_2244881.jpg

懐かしくない?
昔、ちょっとお洒落な雑貨屋さんでは必ずこれ売ってたよ。流行ってたよねぇ。
これにまつわるお話を店長さんに伺ったりなどして笑った。

ちなみに
マーサ付近は私にとってちょっと思い出深い場所。
学生時代、友人やお世話になった人が住んでいた地区だから。
その友人はすでにそこにいない。お世話になった方は亡くなってしまったの。
時は流れるんだけど、流れる先はひとつなのか、
いやひとつじゃない気がしていたりしてね。
ちょっとセンチメンタルだったよ。
次回の関西公演は京都磔磔だよ。
やっぱ年に一度は磔磔でしょ。
土曜日なのでぜひ京都まで遊びにいらっしゃい。

すでにお知らせしたとおり
サンタラのオフィシャルサイトのTOP画像は
皆さんから寄せられた、皆さんの表現する「Perfect Happiness」。
前回は、海から帰る車中のような、なんとも幸せでそれでいて哀愁のある画像だったのですが、
それを撮った人、そして写っている人にお会いできました。
とても嬉しかった!
こういうことがあるからやってよかったこの企画。
今回のもステキなイラストよー。

さて、来月は北海道Perfect Happiness。
超楽しみ。
[PR]

by santarablog1 | 2012-04-24 22:45 | | Comments(2)
2012年 04月 18日

乙女と呼びたければ呼ぶがいい。

いただいたお花、満開だったダリアやバラが萎んでしまったので
まだ元気な花だけ活けかえた。
b0113844_20354324.jpg

我ながらステキすぎて照れるわ。

高校生の頃、学校の違う同級生と放課後会うのに
いつも待ち合わせしたのは駅横にあったミ○タードーナツ。
今のミ○タードナツって店の外観も内装も非常に残念な感じよね。
100円ショップで買えるものでできてるみたいな。
その頃は全体的にダークブラウンで、テーブルやベンチも木だったなぁ。
BGMもオールドアメリカンスタイルでよかった。
ポイント溜めるとオサムグッズがもらえた。(懐かしすぎる。)
コーヒーカップの口にあたる部分の厚みが好きだった。

マフィンが好きだった。
プラスティックの小さいカップに入ったマーガリンを塗って食べる。
あの口の中の水分が全部持っていかれるような
もしゃもしゃした食感が好きだった。
今も同じ味かな。って思って調べてみたら今はマフィンやってない。
麺とか飲茶とか妙に充実してるんだなぁ。だからあんな100均風になっちゃったんだな。
まぁいいや。

で、マフィンが作りたくなった。
最近のマフィンはデコレーションがかわいい。
でも私の理想はあのもしゃもしゃで無骨なマフィンだ。
アメリカンコーヒーとともに流し込みたい。
昨日の作品。
b0113844_20361378.jpg

アールグレイにクローブ、シナモン、カルダモンを入れたスパイシーなフレイバーのマフィン。
レモン味のマフィンもよく焼く。
でもどっちもコーヒーにはあわないの。
芋焼酎濃い目のお湯割りにあう。
[PR]

by santarablog1 | 2012-04-18 20:39 | めし | Comments(2)
2012年 04月 15日

Perfect Happiness初日終わる。

渋谷BYGにご来場の皆さん、どうもありがとう!
冷たい雨が降る中、嬉しいことにソールドアウトでした。
Twitterなどでメッセージもありがとう。
皆さんが楽しんでくれていたならなによりです。
Tシャツいかがでしたかね。
昨日はデザインしてくれたRuiちゃんも来てくれてたよ。

ライブは昨年末の北海道以来だったので
とても新鮮な気持ちでした。
こういう新鮮さを味わえるのなら、がっつり4ヶ月くらいライブをやらない期間があっても
いいかもしれない。
ツアー中の「こなれた感じ」はなかったかもしれないが
ツアー中にはない感情の起伏があった。
それをきっと受けとめてくれるだろうと思える東京。
東京は与えられたホームではなく、私が獲得したホームだと思った。

さて、ここ最近「時間というものについて考えている」という話をしました。
わかりにくかったかもしれなくてごめん。
要するに、今ちゃんと整理して考えたところ
私は時間とは絶対の王者だと、最近まで思っていたんだけど
どうも違うんではないか、と気が付いたのよってことだったのよ。
このことはちゃんと歌詞になる予定だけど、今回限りの与太話で終わるかもしれない。


b0113844_22543312.jpg

まこさんからいただいたお花。「Perfect Happiness」でしょ。
ダリアの可愛らしさよ。
この刺身のツマみたいなふわふわがついてるつぼみはなんだろう?
今から咲くのかな。
昔は植物に関してまったく興味がなかった。
でもだんだんオトナになったんだろうな。
切ないまでの愛しさを感じるようになった。


さて今週末は愛しの大阪。
早い段階でソールドアウトでしたが、キャンセルが発生した場合は受付ができるかもしれません
とのことです。
詳しくは会場のマーサに問い合わせてみてね。
マーサは大きくて素敵なカフェらしいよ。(まだ行ったことない。)
楽しみです。
[PR]

by santarablog1 | 2012-04-15 22:56 | その他 | Comments(2)
2012年 04月 08日

ずっと片思い

オフィシャルサイトのTOP画像は毎週のように更新されています。
最近は桜シリーズ。
今回のもパーフェクトな幸せ画像です。
桜前線過ぎてしまった人々もこれからの人々も一緒に楽しみましょう。
そうそう、今年もTシャツ作りました。
今回の可愛いのよー。カラーは渋め。絶妙な具合です。

さて
今年のツアー初日は東京。今週末です。
ステージに立つのは結構久々で、リハも久々だったのでとても新鮮で楽しい。
当日が楽しみです。
その合間に曲を作っています。
曲を書く合間には、最近の気晴らしナンバーワン、ひたすら捏ねてます。粉を。
オーブンを新しくしてからというもの
パンを焼くのが楽しくて仕方ない。
捏ねている時には、不思議なもので
ギターや紙とペンに向かっている時より自由な発想が生まれて
迷っている部分がふと解決したりするのですね。
パン作りには発酵工程という待ち時間がつきもので、
その間はギターや紙やペンを触っている。
パン作りとはなんとミュージシャンに適した行為でしょうか。
最近はどれだけ上手な山型食パンを作れるかということに情熱を傾けている。
b0113844_233359.jpg


しかし、パンという食べ物が好きかと言われれば、まぁ別に好物ではない。
同じ麦から生まれるものとしてはビールの方が数倍好きだ。
私は出来た物より出来るまでの行為が好きなんだ。
いつだってなんだって。
これは困った癖であります。
できてしまってその産物の始末に、その行方を持て余すことは多々ある。
パンも同じだ。
一口食べれば今までと較べて出来がいいかどうかわかる。
わかってしまえばもう興味を失うわけだ。
後は買ったパンを食べるのとそんなに変わらない気持ちで食べる。
料理は好きなんだ。でも私の料理はすべてそういう感じ。
私の人生もそれに象徴されている感じ。
こういうのはずっと片思いしている感じだ。
片思いすることが好きで片思いしてる。
両思いになるとそれで満足して、もうそれ以上はどうでもいい。
そして新たな片思いを探す。
いい年して恥ずかしいけど本心だね。
こういう気持ちわかる?
あ、こういう気持ちは曲になりそうだな。
[PR]

by santarablog1 | 2012-04-08 23:07 | めし | Comments(2)
2012年 04月 01日

君達がいて僕がいる 2

翔ぶが如く完読。
あぁなんという戦国絵巻!
巻末に主な戦場の地図が出ていて、そのページをいちいち確認しながら読んだ。

「It's So Easy」ツアーの時泊まった鹿児島のホテルの方が
仕事で来たってちょっとでも時間があるなら、城山へ行きなさい。
西郷さんの終焉の地を見て帰りなさい。と
すごく勧めてくれた。今ならもっと深く感動できただろうなぁ。

西南戦争に巻き込まれた町のひとつ、宮崎県の都城。
母方祖母の父親、良平は都城で出身だ。

良平は唯一私の親世代と同居した曽祖父。
だから私の母や叔父ヒロシは幼心に彼を覚えている。
彼は明治生まれで、警察になった。
(ちなみに警察の父と呼ばれる川路利良は薩摩人だ。)
戦前に今で言う北朝鮮に渡って随分と出世し、裕福だったようだ。
祖母(良平の娘)の話によると、
学校のお弁当はできたてを家政婦さんが届けてくれていたらしい。
平成の世になっても、基本、服は仕立てるもの。学生はバイトしないもの。
紅茶には砂糖でなくジャムをいれるもの。
祖母は一部、可愛らしいくらいお嬢要素を引きずっていた人でした。

さて。
良平は戦後引き揚げてきて、間もなく若いうちに寝たきりになってしまって、
祖父母のうちで暮らしていた。
介護の手伝いをしていた母やヒロシの記憶では
とても寡黙で、身体が不自由なのに弱音のひとつも吐かず、
TVの国会中継をずっと観ていたそうだ。
彼は明治、大正、昭和と激動の時を駆け抜けてきて、
不自由な身体で、どんなことを考えながら国会を見ていただろう。

良平。苗字はなんと明治という。明治良平。
良平の親は年代から言ってきっと西南戦争を経験していたはずだ。
私の先祖の中で今一番HOT。良平のことがもっと知りたい。
良平の次女、祖母の妹にあたる大叔母が健在で
今も都城に暮らしている。
大叔母にじっくりと話を訊きたい。
大叔母は80歳。
早く訊きにいかなくちゃ。

良平問題に関連して思ったこと。
第二次世界大戦時代の語り部の方々がちょうど80歳くらいじゃないだろうか。
今のうちにたくさん聞いておかなくては、と思う。
語り部の皆さんもできるだけたくさんの人に聞かせたいと思っているだろう。
皆さんの身近にお年寄りがいたらぜひたくさんの話を聞いておいてね。
草の根民俗学。とても大事にしたい。

しかし苗字って面白いね。
私は田村&鈴木のmixで田村だけどさ、
田村は川崎&田村のmixとして田村。鈴木は明治&鈴木のmixとして鈴木。
3代遡っただけでそれだもの。その前は知らない。
だから私の以前にどれだけの命があったかと思うと興味はつきない。
きっと皆さんも、皆さんに至るまでのストーリーはすごいんだろうと思うよ。
こんな話しながらだったらいくらでも飲める。
[PR]

by santarablog1 | 2012-04-01 21:54 | その他 | Comments(0)