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2012年 04月 01日

君達がいて僕がいる 2

翔ぶが如く完読。
あぁなんという戦国絵巻!
巻末に主な戦場の地図が出ていて、そのページをいちいち確認しながら読んだ。

「It's So Easy」ツアーの時泊まった鹿児島のホテルの方が
仕事で来たってちょっとでも時間があるなら、城山へ行きなさい。
西郷さんの終焉の地を見て帰りなさい。と
すごく勧めてくれた。今ならもっと深く感動できただろうなぁ。

西南戦争に巻き込まれた町のひとつ、宮崎県の都城。
母方祖母の父親、良平は都城で出身だ。

良平は唯一私の親世代と同居した曽祖父。
だから私の母や叔父ヒロシは幼心に彼を覚えている。
彼は明治生まれで、警察になった。
(ちなみに警察の父と呼ばれる川路利良は薩摩人だ。)
戦前に今で言う北朝鮮に渡って随分と出世し、裕福だったようだ。
祖母(良平の娘)の話によると、
学校のお弁当はできたてを家政婦さんが届けてくれていたらしい。
平成の世になっても、基本、服は仕立てるもの。学生はバイトしないもの。
紅茶には砂糖でなくジャムをいれるもの。
祖母は一部、可愛らしいくらいお嬢要素を引きずっていた人でした。

さて。
良平は戦後引き揚げてきて、間もなく若いうちに寝たきりになってしまって、
祖父母のうちで暮らしていた。
介護の手伝いをしていた母やヒロシの記憶では
とても寡黙で、身体が不自由なのに弱音のひとつも吐かず、
TVの国会中継をずっと観ていたそうだ。
彼は明治、大正、昭和と激動の時を駆け抜けてきて、
不自由な身体で、どんなことを考えながら国会を見ていただろう。

良平。苗字はなんと明治という。明治良平。
良平の親は年代から言ってきっと西南戦争を経験していたはずだ。
私の先祖の中で今一番HOT。良平のことがもっと知りたい。
良平の次女、祖母の妹にあたる大叔母が健在で
今も都城に暮らしている。
大叔母にじっくりと話を訊きたい。
大叔母は80歳。
早く訊きにいかなくちゃ。

良平問題に関連して思ったこと。
第二次世界大戦時代の語り部の方々がちょうど80歳くらいじゃないだろうか。
今のうちにたくさん聞いておかなくては、と思う。
語り部の皆さんもできるだけたくさんの人に聞かせたいと思っているだろう。
皆さんの身近にお年寄りがいたらぜひたくさんの話を聞いておいてね。
草の根民俗学。とても大事にしたい。

しかし苗字って面白いね。
私は田村&鈴木のmixで田村だけどさ、
田村は川崎&田村のmixとして田村。鈴木は明治&鈴木のmixとして鈴木。
3代遡っただけでそれだもの。その前は知らない。
だから私の以前にどれだけの命があったかと思うと興味はつきない。
きっと皆さんも、皆さんに至るまでのストーリーはすごいんだろうと思うよ。
こんな話しながらだったらいくらでも飲める。
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by santarablog1 | 2012-04-01 21:54 | その他 | Comments(0)


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