2012年 03月 27日

君達がいて僕がいる

皆さんが呼びかけに応えてくれて「Perfect Happiness」の画像たくさん送っていただいております!
新鮮な気持ち。こーゆーコールアンドレスポンス。
ライブではコールアンドレスポンスあんまりっていうかほとんどしないけど、
こういう形もできるんだね。嬉しい。
どっかで集めてみんなに見てもらえるような場を作りたいな。

さて最近の読書。
前はいわゆる純文学が一番身近だったんですけど
しばりょー読んだらもう止まらない。
なんかねぇ、歴史物読むと
純文学のひたすら己の心と向き合う姿勢が小さく見えちゃってね、ダメね。
お前ひとりのコンプレックスだの惚れただ振られただとかに付き合ってるムードじゃねぇんだよ!
とつっこんでしまうの。
おのれの書いてる詞とおんなじじゃねぇか。その通り。おっしゃる通りでございます。
全てはスケールの問題です。
そーよ、ミュージシャンは心のヒダに寄り添う感じじゃなくちゃ。
それが正解。
しばりょー読後はスケールを切り替えないと。
巻き取り式のスケールから15センチのプラスティックのものさしにね。
どっちも人間の有様なのだ。

そんな変遷がありながら、とうとう「翔ぶが如く」の最終巻(全10巻)まで来てしまった。
10巻への道のりは辛いよはっきり言って。
修行ですよ。受験勉強みたい。
でも終わると寂しいので大事に読んでます。

読んでいてふと思ったのです。
私の先祖はその頃何をしていたのだろう?
早速うちの生き残り95歳(母方祖父)に訊いてみた。
95歳のその父(つまり曽祖父)は
山口県の上関室津というとこから今の北朝鮮に渡り、通信関係の技師だった。
(95歳は北朝鮮で生まれ育った。)
今でいうITだな。
引き揚げる途中で亡くなった。
そのまた父はアメリカに移民していたそうだ。知らなかった。
移民前は場所柄、第二奇兵隊にでも入ってなかったか訊いてみたが、入っていないとのこと。
当時は海路が交通手段として盛んだったため、地の利を生かして旅館を経営していたとのことだ。
花街の真ん中にあったので遊郭だったのか、と訊いたけど激しく否定した95歳。
遊郭というと我々からすると現実離れしていて、別に実家がもと遊郭でも気にしないが
95歳の感覚では激しく否定という結果。

父方祖父は今の下関あたりの生まれの人だが
私がよく聞かされた話では、祖父の叔母だか、大叔母だかが
温泉芸者で伊藤博文公の愛人だったらしい。
父方祖父が亡くなってしまった今では詳しく話を訊ける人がいない。残念。
父方祖母は広島江田島の出身。
全くそんな話をしないまま、60代で亡くなった。すごく後悔している。

まさかの続く。
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by santarablog1 | 2012-03-27 22:26 | その他 | Comments(1)
Commented by Nori at 2012-03-30 01:56 x
祖父母をひとりも知らない(既に亡くなっていたので)私には、
なんだか羨ましいです。
3,4世代前だと、既に歴史ですよねー。
まさかの続きも興味深いです。


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